ロウ人形館「サイパン・激動の歴史」

Wax Museum of Saipan / Customer of the Month

今月のお客様 / 6月2008年




甲斐 深雪さん 悠樹さん
ご来館日 6月謀日 2008年


横浜の甲斐深雪さん、悠樹くん、こんにちは! 一年ぶりですね! 今回は私が休暇中でミュージアムを留守にしておりましたため、お二方には残念ながらお会いすることができませんでした。休暇後にオフィスに戻りましたところ、甲斐さんが残してくださったメモを拝見して、あ、一昨年の夏にもご来館くださった甲斐さんだ!・・・と。深雪さんとご子息の悠樹くんは、毎年この時期にダイビングをなさりにサイパンにいらっしゃるそうですが、実は、サイパンにいらっしゃる大切な訳がもうひとつ。それは、太平洋戦争・サイパン戦でお亡くなりになった深雪さんの叔父様のご慰霊という大切な理由です。以下、深雪さんのメモです。 「私の叔父は、アスリート飛行場で、最後に日本刀を振りかざして亡くなっています。サイパンに来るときは、毎年お線香を持参し、遊びに行く前に祈ります。決して安らかに眠ることは出来ないかと思いますが、今の日本が平和なのは、戦争で犠牲になった人々のおかげだと、感謝の祈りを捧げます。」 それから、戦争を知らない世代の人々にも、戦争の悲劇を伝えて行きたい、毎日のように起こっている他人や自らの命を粗末にする行為をニュースを耳にするたび、心が痛みます、ということも書かれていらっしゃいました。 生きたくても生きられなかった戦時中にくらべ、生きるという意味すらも見失っている現代社会の中で毎日のように、いとも簡単に起こる悲劇。今の平和と、その平和を保つためになされて来た努力に感謝し、生きることに幸せを感じて欲しい、命を粗末にしないで欲しい、甲斐さんを含める私達の切実なる願いです。 深雪さん、悠樹くん、ご来館ありがとうございました。お会いできなくて本当に残念です。是非、info@waxmuseumsaipan.comの方に、お便りをください!






番外編
「5月のお客様」西岡大輔さんのサイパン旅行記


今回は、先月5月のお客様の西岡大輔さんによるサイパン旅行記を番外編でお送り致します。今後、サイパンを旅行される皆様にお役に立てれば幸いです。 「サイパンに到着後、蝋人形館を見学。その晩、フィエスタ・リゾートの前の通りでやっていた 『ストリート・マーケット』(毎週木曜の夜のみ催行)の屋台で安くてボリューム満点のチャモロ料理を堪能。2日目は終日島内観光のツアーに参加。いつか行きたかった「バンザイクリフ」に行くことができたし、ツアーの一環でローカルシニアの方々の子供時代の貴重な戦争体験や人生経験を聞けたことも、いい勉強となりました。3日目はテニアン島日帰りツアーに参加、セスナで片道10分のフライトを体験。NKK神社跡の鳥居など、戦前の日本統治の面影が見られ、特に原爆搭載地を訪れたことは今後も忘れられない経験となるでしょう。また、サン・ホセ村のタガ遺跡の石柱の大きさにはびっくり! テニアンブルーと呼ばれる青い海にも感激、しばらくビーチでのんびりし、テニアンを後にしました。その晩はアメリカ記念公園で開催中の『マリアナ丸かじり』(毎年5月の土曜日のみ開催)にて屋台、フラダンスなどのイベントを満喫。滞在最終日の朝は、ホテルから歩いてビーチロードを南下し、ガラパン教会、その裏手に傾いている鐘楼、日本病院跡、サンホセ・オレアイ三叉路にある米軍上陸記念碑、ランディングビーチまで足を伸ばしました。遠浅の沖合いに戦後65年近く経っても今まだ残る戦車、それとは対照的に、ビーチでのんびりとバーベキューを楽しむたくさんのファミリーやグループの姿。歩いての観光には慣れているはずですが、ギラギラ太陽の下ではヘトヘトに。でも、観光客がほとんどいない地域に自分で足を延ばせたことは、いい経験になりました。観光客の多いガラパン地区でも、かつての日本統治の形跡をいくつか発見しました。パセオ・デ・マリアナの通りにある『奉安殿』と呼ばれる石の建物は、戦前戦中にかけて各地の学校で、天皇皇后の写真(御真影)と教育勅語を納めていたそうです。私が宿泊したフィエスタ・リゾートの敷地は、日本統治時代に『サイパン高等女学校』があった場所とのことで記念碑が残っていますし、南側の敷地には、『南洋寺』と呼ばれるお寺の柱も残っています。散策中このような場所を偶然見つけるのも、旅行の楽しみのひとつかもしれませんね。最後になりましが、今後のサイパン島の平和を心よりお祈りいたします。」 西岡さん、この度は、貴重なサイパン旅行記をありがとうございました。西岡さんらしい旅となりましたこと、喜ばしい限りです。どうかこれからもお元気で、そしてまたいつか、是非サイパンにいらしてくださいね! 





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